Archive for the ‘Ginzonable Life’ Category

Ginzonable Life—「のぞかれた花嫁」

日曜日, 2月 28th, 2010

「のぞかれた花嫁」という昭和10年(1935年)封切の映画がありまして。

これの主題歌といわれているのがディック・ミネさん歌唱の「二人は若い」

Youtubeにアップされている1980年のライブ映像があります。このときミネさん72歳のはず。

竹下景子さんとのデュエットが楽しいです。この放送、リアルタイムで見ておりました。セクハラやりまくりともみえますが、これがミネさんの芸風ですから…。実生活でも4人の女性にたくさんの子供ができて、晩年はすべての奥さんや子供がそろっての集合写真もあったような記憶が。

ともかく、この番組見ながら、ミネ御大もすごいが竹下景子さんもすごい、と思っていました。再びこの映像見るとは。

オリジナルはミネさんと星玲子さんのデュオ。

北島三郎、都はるみ版もあり。北島三郎さんが若い! 探すといろんな組み合わせがありそうですが。

この曲には因果というものがあり、「のぞかれた花嫁」の主題歌には違いないんですが、この曲はB面収録。A面は「のぞかれた花嫁」という映画のタイトルそのままの曲で、これがメインの主題歌のはずだったのが、「歌詞甘きに失し」とのことで発売禁止処分になり、B面の「二人は若い」がメインになったということです。今聴いてみると「甘きに失し」というよりは下町っぽい感じですが。

Ginzonable Life—雨の夜の花(渡辺はま子ヴァージョン)

日曜日, 2月 28th, 2010

台湾の歌のようで、日本人の歌唱では渡辺はま子さんの録音がアップされています。

中国人の歌唱に比べるとすっきりとまとめられていて、日本人ならではの寂寥感があります。はま子さんの場合はクラシック仕様とも言えますが。

「明日はこの雨やむかもしれぬ 散るを急ぐなかわいい花よ」

という中盤のフレーズが印象的

中国系のアレンジだとこうなります。スラーかかりまくり、こりゃ演歌ですね。同じ曲でこうも違うとは。

中国語の歌詞と解説はこちらのサイトがよくまとめられています。

こういうアレンジが好きなら、中国で就職すると少しはましな人生になるかも…。

Ginzonable Life—テイク違い

金曜日, 2月 26th, 2010

う~~~ん、Youtubeもここまで進化したか!

以前も取り上げた藤山一郎歌唱の昭和11年「東京ラプソディ」。

いわゆるオリジナル原盤、SPレコードのテイチク赤盤を取り上げているんですが、これがなんと2種類あるというのです。テイク1とテイク2。これはおそらく、別の録音が市場に出回っているという意味でしょう。

この時代は録音のためのマスターが貴重であったため、一般的には録音は一発勝負で、不出来でも録り直しはしない、というのが原則のはず。しかし、藤山一郎クラスだとそうでもなかったのかも…。

詳細わからないところもありますが、いずれにしろ、まったく同じに見えるレコードに実は2種類あるといってアップする御仁が現れたというわけで、Youtube恐るべし。

若い人ならともかく、昭和11年のレコードを分析するなんて、それなりの年齢の人でしょうし…。

テイク1

テイク2

Ginzonable Life—青い小径

木曜日, 2月 25th, 2010

淡谷のり子さんの「青い小径」がアップされていました。

海外ものかと思ってましたが、日本人の手になるものだったんですね。1934年発売。

かっわいいね~

Ginzonable Life—藤田まことさんを偲ぶ

土曜日, 2月 20th, 2010

藤田まことさん逝去。仕事人あり、はぐれ刑事あり、映像資料も多数ですが、いろいろ思い返してみると、CMの藤田さんというのも、一つの確立されたイメージだった気がします。「養命酒」なんかは印象深かったので検索してみると、ひとつヒットしたんですがあまり記憶にないバージョンでした。ムヒのが3年分編集してアップされていたので、取り上げてみます。 80年代ですから、おおむね25年くらい前のコメディの感性ですね。

Ginzonable Life—若しも月給が上がったら

金曜日, 2月 19th, 2010

林伊佐緒さんの「若しも月給が上がったら」。晩年までお元気で親父っぷりを発揮されていて、以前はこの親父っぷりが嫌いだったんですが、最近はこのダンディズムがわかる気がしてきました。「若しも月給が上がったら」は昭和12年発売の軽い歌謡曲。こういう軽やかなのも歌い、「出征兵士を送る歌」も朗々と歌い、「ダンスパーティの夜」もエロく歌い、昭和のお父さんを演じきった方だったと、自分がこの歳になってつくづく感じます。まずは、おそらく昭和51年ごろのテレビ映像。マイクの使い方も参考になります。

オリジナル原盤はこちら。キーが高くて、若いお父さん。

ま、これを聴いていいと感じるようだと、いい歳なんでしょうね。

ウィキに載っている写真はこれ。

Ginzonable Life—お祖父さんの時計(ミミー宮島version)

日曜日, 1月 3rd, 2010

お祖父さんの時計、または大きな古時計、原題はMy Grandfather’s Clockというのは、ウィキによると日本では3回流行っているようです。最近のは平井堅さんのこれ。2002年発売。

その前は1962年のNHK「みんなのうた」。これはYoutubeでは見つかりませんでした。検索すると何件か出るのですが、いずれもだいぶん新しい音源で、放映されたもので、1962年のものはないようです。

日本で最初に発売されたのは1940年(昭和15年)、ミミー宮島が歌っています。歌詞が今とは全然違っていて、門田ゆたか作詞(訳詞ではない)、ジャズらしい、ダンスミュージックらしいアレンジで、タップダンスも入っています。これは現代日本人の考えているイメージとは大違い。

そして、米国のはないかと思って検索してみると、 これは難しい。作曲が1876年と19世紀ですので・・・。日本に戦前に入ってきたとき、楽譜だったのか、レコードもだったのか。

GinzonableLife—東京ラプソディ 藤山一郎VSタモリ

水曜日, 12月 23rd, 2009

古臭い曲を出してくるGinzonable Lifeですが、今回だけはぜひご覧になってください。

まずは、1936年(昭和11年)の映画「東京ラプソディ」オープニング映像。歌手の藤山一郎さんが主演したミュージカル映画。なんともモダンでハイカラな作り。この時代の映像が残っているのはいいですね。

なんと、これのパロディを、タモリさんが「今夜は最高」でやっていました。1988年なんですが、そのパロディに藤山一郎さん自身が出演していまして、「死んだ藤山がよく歌っていた歌だ」などといってウケを取っているのです。1988年といえば、藤山さんは77歳、すっかり髪の毛もうすくて、わざとらしいヅラをつけています。こういうのができるとは…。Youtubeでは3つにわけてアップされています。Part3がそのパロディ。

さて、藤山さんは80代までお元気で映像もいろいろあります。珍しいのは、1970年、59歳当時のライブ。金色のアコーディオンでの弾き語り。藤山さんは戦時中に海軍嘱託(少佐待遇)として戦場を回っておられて、どこでも演奏できるようにかもしれませんが、イタリア製のアコーディオンを持ち歩いていたという逸話があり、それをしのばせる貴重な映像。

そして1980年、69歳での映像。このバージョンは最後アップテンポで引っ張るんですが、このアレンジもいいですね。

そして1992年、81歳、亡くなる1年半くらい前のNHKの藤山特集「幾多の丘を越えて」。この番組がきっかけで国民栄誉賞が決まったといわれていますが、工夫した歌い方で、執念を感じます。この番組、リアルタイムで見ておりました。間奏部分で戦前の映画の映像が挿入されていて、思わず姿を比べてハッとするわけです。

そして、国民栄誉賞授賞式でのアカペラ。こういう場合のNHKのナレーションは、必ず加賀美幸子エグゼクティブアナウンサー(理事待遇)でした。最後までアナウンスの現場で活躍された加賀美アナも2000年に定年退職。落ち着いた語り口が好きでした。

Ginzonable Life—中野忠晴 タイガーラグ

月曜日, 12月 14th, 2009

中野忠晴版のタイガー・ラグ

野球の応援で使われる場合とはだいぶんアレンジが違って小粋な感じの仕上がり。「ふん!」というところが●ちゃんの豆飛ばしを想起させてなんとも言えませんが…。

いろんなアレンジがあるなかで、これが近いかなというのはこれですね。これが1931年、中野版が1935年(昭和10年)。

Ginzonable Life—大阪タイガースの歌(中野忠晴版)

土曜日, 12月 5th, 2009

阪神タイガースではなく大阪タイガースということで、昭和11年に公開されたこの録音が最初のようです。ウィキによると、戦前の録音はこれだけのようですね。

中野さんの他の謡いは、もっと細い声で可愛く、あるいはおとぼけで歌う感じが多いですが、この録音は結構朗々と歌っていて、こんな謡い方もできるんですね、と思いました。

中野忠晴という人はいろいろ洒脱なものを出していて、これから取り上げていきたいところ。コロムビアナカノリズムボーイズ、リズムシスターズなども編成していて、マネージメント能力も高かったと思われます。戦後さっさと舞台からは降りて作曲などに転じたのも洒脱さを感じます。

Ginzonable Life—胡美芳さんを偲んで

木曜日, 11月 26th, 2009

今度は胡美芳さんが亡くなった。戦後に活躍されましたが、戦前歌謡もたくさんカバーされていました。ご両親が中国人と日本人ということですね、日本語と中国語を 織り交ぜての歌唱でした。胡さんの録音はYoutubeにいっぱい出てますが、なかから一つ選ぶなら、チャンウェイチャンウェイを挙げたいと思います。

面白いのは、胡美芳さんのものまねをしている動画までアップされています。往年の人気が感じ取れるのでご紹介を。

Ginzonable Life—マリネラ(松島詩子バージョン)

土曜日, 11月 21st, 2009

ターキーさんの動画が不満なので、松島詩子さんのマリネラを出しました。

これは明るい。晩年これを謡うのは見ませんでしたが。

淡谷のり子さんならまったく違った解釈で歌ったでしょうが、松島さんはダンス音楽に徹してとことんかわいいですね。

ちょっとあさってみたら、岡晴夫版もあるんですね。これは面白い。昭和30年代のライブ録音で、スタジオ録音はしてないようですね。いや~面白い。

Ginzonable Life—水の江瀧子さんを偲んで

土曜日, 11月 21st, 2009

ターキーさんは早めに舞台を降りて司会者やプロデューサーに展開されたので、舞台を見た記憶がありません。記憶にあるのは欽ちゃん司会の「オールスター家族対抗歌合戦」の審査員です。しかし、残念ながらこの映像がさすがのYoutubeにも見つかりません。ひっかかるのはジェスチャーの一場面と、薔薇のタンゴなど2曲ですが、ターキーさんは唄というよりは動画じゃないと・・・。薔薇のタンゴは奥田良三先生版の凛とした謡いが好きなのです。

やや不本意ですが、見つかった3つをまとめておきます。

Ginzonable Life—深緑夏代さんを偲ぶParis Canaille

土曜日, 11月 14th, 2009

1921年生まれ、つまり大正時代生まれ、宝塚から歌手にと展開された深緑夏代さんが2009年8月31日にお亡くなりに。

舞台を拝見する機会ありませんでした。Youtubeで検索してみると、さすがに昔の映像はなく、晩年の映像が3件ヒットしました。

宝塚娘役時代の画像はこちら(右側)。

映像3件のうち、2004年収録の「巴里野郎」が強烈。83歳くらいのはずですが、このリズム感の良さと身のこなしの軽さは。これが宝塚仕込みでしょうか・・・・。

Paris Canailleはいろんな人が歌っていて、いくつかピックしますと

Yves Montandさんの謡いは晩年の日本公演で見る機会がありました。

さて深緑さんに戻ると、なんと2008年11月、すなわち亡くなる10か月前、87歳当時のディナーショー映像がアップされているではないですか。相変わらずリズム感ばっちり、トークもチャキチャキ、すごすぎます。 それも曲が「生きる」で、仲間がどんどん亡くなってしまうみたいな内容。

Ginzonable Life—森繁久彌さんを偲ぶ

水曜日, 11月 11th, 2009

森繁さんの映像の中では、このゴンドラの唄がもっとも印象に残っています。といっても、音声でしか聞いたことがなく、今回Youtubeで探してみたら、期待通りに動画がアップされていました。間奏部分での「ただたまゆらの火を囲み、甲斐なきことをただ夢見、入日の中に立つ煙、ありやなしやとただ仄か、海辺の恋の儚さは、こぼれ松葉の火なりけん」という語りが森繁バージョンならではの演出で、いたく気に入っています。大正時代の曲ですが、この映像は戦後ですね。

昨日から続々とYoutubeの森繁動画に追悼コメントが書き込まれていますが、若い人にも人気があったのか、年寄りもネット書き込みが当たり前の時代になったのでしょうか…。