第5回電●気忘年会は歌舞伎町で挙行されました。
松屋となか卯で牛丼を書き込んでから食べ放題に参加したわけですが…。
しゃぶしゃぶだったのですが、もずくが出てきたり、カニが出てきたり、なかなかしゃぶしゃぶが始まらないという展開。
さらに、食べ盛りだから食べ砲台じゃなきゃだめ、と主張していた人物が実は結構なトシだったことも判明。
しかしまあ、いろいろな情報を収集できました。
日本が祝日のとき、世界的には休みではないので、日本時間の昼間に動くマーケット、おもにはアジアのマーケットを観察するには貴重な機会(ま、夜のお仕事ならそうでもないですが)。
あと30分くらいで香港、上海などが開場します。
ここもと中国が調整している、こちらはだいぶん撤退してきた、ここまではうまくいったといえますが、このあとの展開をどう考えるか。数字をみると、そんなに割高感はないように思える。一方で、自動車の売り上げなどは景気てこ入れ策によって作られた部分がある気もするので、来年はそれほど売れないかもしれない。中国の話です。
ドル円はドル高に振れてきているが、これもどうなるか。 為替はそれほど興味はありんせんが。
今日は午後から生き物の世話に行って、その後は電●気忘年会。
2,3日前からアクセスが急増している。
それが狙いよ…
大人気のお隣工房を尻目に、人通りが絶えていたですが、ようやく来年に向けて見学者がやってきました。
なんとTOEICスコア●70!
これはもう、欢迎光临ですよ。
各地を丹念に取材してあって参考になる文献でした。
文体が砕けていて、個人的にはもう少しカチッとした文章のほうが好きですが、そこは好み、一般向けの書籍なのでこのほうがよいのかも。
よくわからないのは、結論として「さよなら中国」というのが出てくるんですが、 これは話の流れからすると中国側が日本を切り捨てて輸出してこなくなる、つまり「さよなら日本」という表現のほうが妥当なんじゃないかという気がするんですが…。
それと、この手の取材の場合、被取材者側に案内されて工場を見て、しかしその裏を取るような作業が難しいですね。実際に工場にあった原料の量と、仕入額があっているのかとか、そういうチェックの仕方は、ここまで規模が大きくなってしまうとやりにくいですね。蔵一つに全部品物が入っているような規模ならチェックが容易ですが。
タイトルのみ
古臭い曲を出してくるGinzonable Lifeですが、今回だけはぜひご覧になってください。
まずは、1936年(昭和11年)の映画「東京ラプソディ」オープニング映像。歌手の藤山一郎さんが主演したミュージカル映画。なんともモダンでハイカラな作り。この時代の映像が残っているのはいいですね。
なんと、これのパロディを、タモリさんが「今夜は最高」でやっていました。1988年なんですが、そのパロディに藤山一郎さん自身が出演していまして、「死んだ藤山がよく歌っていた歌だ」などといってウケを取っているのです。1988年といえば、藤山さんは77歳、すっかり髪の毛もうすくて、わざとらしいヅラをつけています。こういうのができるとは…。Youtubeでは3つにわけてアップされています。Part3がそのパロディ。
さて、藤山さんは80代までお元気で映像もいろいろあります。珍しいのは、1970年、59歳当時のライブ。金色のアコーディオンでの弾き語り。藤山さんは戦時中に海軍嘱託(少佐待遇)として戦場を回っておられて、どこでも演奏できるようにかもしれませんが、イタリア製のアコーディオンを持ち歩いていたという逸話があり、それをしのばせる貴重な映像。
そして1980年、69歳での映像。このバージョンは最後アップテンポで引っ張るんですが、このアレンジもいいですね。
そして1992年、81歳、亡くなる1年半くらい前のNHKの藤山特集「幾多の丘を越えて」。この番組がきっかけで国民栄誉賞が決まったといわれていますが、工夫した歌い方で、執念を感じます。この番組、リアルタイムで見ておりました。間奏部分で戦前の映画の映像が挿入されていて、思わず姿を比べてハッとするわけです。
そして、国民栄誉賞授賞式でのアカペラ。こういう場合のNHKのナレーションは、必ず加賀美幸子エグゼクティブアナウンサー(理事待遇)でした。最後までアナウンスの現場で活躍された加賀美アナも2000年に定年退職。落ち着いた語り口が好きでした。
今の職場に去年から来ているわけですが、昨年度、つまり最初の年にいたやや若い子がやっていた論文が採択されました。
これが今一つな内容で、つまらないことになってしまったのですが、それでもまあ論文化できました。
しかし、1年で論文化できる人はそう多くはないので、つまらない内容でも論文化できたということは大きく、うまくいったと思います。
中国とイタリアにも同行しましたし。1年目で2回海外というのはそうないでしょう。
ただ、この人の場合、夜しかできなかったのが痛かった。昼からできていれば、もっといい内容になったはず。とすると、ライバルが昼からやったら勝てないわけで、そのままだと生き残れないということでもあります。
こちらの都合を言えば、初年度は面談などもないままやや若い子が来ていて、2ヶ月くらいは部屋のリフォームでつぶれていたわけで、それを考えれば上出来です。
来年また、テルアビブでナノ系のイベントがあることが判明。
今年は春にあって、行こうかと思ったけれども空爆が激しくなったというニュースを聞いてやめたのでした。
再チャレンジするか…